通りをゆけば( vol2)~St-Laurent通り
モントリオール島は、クロワッサンの形をしているとよく言われている。その島を二分しているのがSt-Laurent通り。開拓時代は、先住民との戦いで命を落とした兵隊長Lambert Closseの名にちなんで“St-Lambert通り”と呼ばれていたそうだ。
その後、先住民と友好条約も結ばれ、城壁の外に出来たSt-Laurent村へと繋がる道として利用され、英国支配
下の1792年には、この道を堺にして西側に英語系、東側にフランス語系の住民が居住する制度がとられ、それが現在、この通りが街を西と東に分ける番地制度に繋がっている。ちなみに、西と東の番地はこの通りから始まり、南北はセント・ローレンス河から始まって北上するにしたがって数字が増えていくとても分かりやすい住所制度になっている。
1905年10月3日に、この通りが正式にSt-Laurent通りと名付けられ、1914年にはNotre-Dame通りの南側にあった建物が取り壊されて、セント・ローレンス河の King Edward 埠頭から島の北側を流れるプレリー河沿いNicolas-Viel公園まで、およそ13キロに渡って島を突き抜ける通りとなった。
別名エスニック通りと呼ばれているだけあって、この通り沿いには教会が建っていなかったという理由で、移民の人たちがカルチエを作っていきやすかったらしい。
では、S t – L a u r e n t 通りをK i n g Edward埠頭から北上して行ってみよう。
Notre-Dame通りの角にあるマクドナルドは、1701年にアメリカのデトロイトに街を作った Antoine de
Lamothe-Cadillacの住居だった場所。そこからイッキに坂を下って旧市街地を抜けると、正面に“唐人街”と書かれた赤門、中華街の入り口が見えてくる。
丁度、赤門の下Viger通りとの角にある①Soupe tonkinoiseの専門店「Pho Vietnam (970 St Laurent) 」はまさにモントリオール・エスニック文化の登竜門。ここのスープを食べずして、ベトナム料理を語るなかれ。もちろん、かっこつけることはなし。三流グルメ、万歳!
Sherbrooke通りを過ぎたあたりは、「日本に行ったらあなた絶対モデルだよぉ~」のかっこいいお兄さんお姉さんが夜な夜な出没する場所。映画の撮影に来ているハリウッド・スターたちもお忍びで通っているお洒落なレストランが多い。
夜遊びで小腹が空いたモントリオールっ子が迷わず向かうのが1928年創業の②スモークミートサンドウィッチ専門店「Schwartz’s (3895 St Laurent)」。人工的な添加物などは一切使っていないというのが自慢で、昔ながらの製法を守っている。ビーフなどの肉を門外不出の秘伝スパイスに12日間漬け込み、毎日その日にスモー
クする。その薄切りされた肉を何枚もライ麦パンに挟んであるから迫力満点。顎が外れるのを覚悟して、とにかく大きな口を開けてかぶりつくぅ~~!ここのサンドウィッチを食べずして名物料理を語るべからずなのだ。
そして私が女友達とゆっくり飲み明かしたいときに行くのが、ワイン・バーの③「BU(5245 St Laurent)」。気の置けない女友達だからこそ、めーいっぱいお洒落する。
今年、モントリオールではF1が開催されないことになってしまったのは寂しいかぎりだが、夏にはBeaubien通りからJean-Talon通り間のリトル・イタリー街には何台ものフェラリーが何気に路駐されているからすごい。
それに、④「Epoca (6778 St Laurent)」のような美味しいエスプレッソ専門店の軒先で、イタリア系のお年寄りがだべっているのも見ていてかわいい。
というわけで、今夜の献立は、⑤イタリア食材店「Milano (6862 St Laurent)」 で買った生パスタと生バジル、ボッコンチーニに活躍して貰うことで決まり。
街って好きになったものにはどんどん秘密の扉を開いてくれると思う。St-Laurent通りを歩くたび、ますま
すモントリオールに魅了されていく私。そう、なんでも好きになったものの勝ちなのだ。









