運転免許証あれこれ

    ケベックにやって来てすぐの事、仏語はおろか英語ですら覚束なかった私は雪が降る中を不安げに地下鉄のアンリ・ブラッサ駅からバスに乗った。握りしめた日本国総領事館の紙切れ一枚が頼みの綱である。まずカナダに来てやらねばいけない事、それは銀行口座を作る事と運転免許証を持つ事であった。

    別にカナダ国内を、大袈裟に言って陸路で国境越えして米国までドライブがしたいという訳ではなかった。プロフィールにも書いているが、私は鬱病患者である。実家からの銭の仕送りと薬の仕送りは絶対に欠かせない。日本から郵送される薬を不在で受け取った場合を考えて、パスポートをいつも持ち歩くのは面倒臭いからカナダでの身分証明書が欲しいと思ったのであった。

    日本国総領事館に日本の運転免許証の翻訳証明をお願いし、SAAQ(Société d’Assurance Automobile du Québec ケベック州自動車保険公社:日本の陸運局みたいなものか)に電話予約を入れて、SAAQに向かうバスに乗り込んだ私。「SAAQ?」とバスの運転手に一言訊くと面倒臭そうに「Oui」。バスで10分弱揺られてバスの運転手が「SAAQ!」と叫んだのを合図にバスから降りた。

    病院みたいな場所で正面で予約した旨を伝えて待たされる。強烈な仏語訛の英語で名前を呼ばれてふと我に返った。先方はパスポートと日本の免許証、総領事館からの翻訳書類に手数料の小切手を確認して受け取ると、30分程度でケベック州の免許証を手にする事が出来た。雪道を凍えながら、何とか上手くいったと安堵して帰宅したのを覚えている。

    日本ではリッター当たりのガソリンの値段が200円に迫る勢いである。メタボと同じようにエコという言葉が一人歩きして、やれどこのガソリンスタンドが安いだの、ハイブリッド車が売れていたり。

    我が家では給油の度にする事がある。車のメーターをリセットする前に何キロ走ったかを記録して、スタンドで給油したレシートで何リッターのガソリンが入ったか確認。それを計算機で計算してリッター当たり何キロ走ったかを毎回調べる。

    加えてアイドリングストップ、急アクセルに急ブレーキは御法度であるのは、もはや日本では常識。福岡に帰ると日本一の路線網を誇る西鉄バスに乗るのだが、信号待ちでは必ずアイドリングストップ、エンジンを切る。信号が青に変わりそうになると再びエンジンをかける。

    一方のケベックは?日本車も多数走ってはいるが、図体が大きい米国車がどんどん走っている。燃費や経済効率なんぞ眼中にないのだろう、バスに乗っていてもそうだが結構な量のガソリンや軽油を消費していると思われる。

    米国もカナダも何事も「大量消費社会」である事を我々に実感させてくれる。大きな図体をした米国車のハイブリッドなんかを宣伝で観るも、「絶対にプリウスには負けるだろうなぁ」と個人的には思う。叔父がプリウスに乗っているのだが、音も立てずに走るのだから驚く。「車じゃないみたい」と母は分かりにくい例えをしていたが。

    モントリオールでも他州・米国ナンバーの自動車を見掛けるようになった。私が幼かった頃、父は熊本で新車を買った、昭和50年代である。当時は「熊」ナンバーだった。(今でこそ「熊本」としっかり表記されるようになったが。)その後、我が家族は茨城へ転居する。周囲は「茨」ナンバーばかり、そこに「熊」ナンバーが走っているのだから好奇の目に晒された。両親が受けた質問で一番多かったのは「熊谷ナンバーですか?」だったらしい。そう言えばバンクーバーではケベック州ナンバーは見かけなかったなぁ。逆にモントリオールでもBC州ナンバーの自動車にお目に掛った事がない。

    バンクーバーでの事。銀行で身分証を見せろと言うのでケベック州免許を出した私。途端に行員が固まって「暫くお待ち下さい」とばかりに奥へ消えていった。なるほどカナダは広い御国、道理でケベック州ナンバーの自動車をBC州では見ない訳よと合点がいった次第である。

    先程、日本の運転免許証をふと見てみた。何と更新期限が今年の誕生日になっていた。カナダに来て最初にやった事、日本に帰ってやらねばならない事、そのどちらもが「運転免許」である事は、きっと神様が私に与え給うた一種の運命の皮肉に違いない。

    About the Author

    夢屋

    1978(昭和53)年、福岡市生まれ。明治学院大学文学部仏文学科卒。 韓国の海運会社の東京支店に勤めるものの、うつ病を発症して実家がある福岡で療養。韓国の会社にて韓国に関するコラムを連載、韓流に嵌った御婦人方から圧倒的な支持と評価を得る。うつ病治療の一環として海外生活を決断、明治学院の卒業論文でケベックを取り上げたのが縁で去年11月よりモントリオール在住。「本当に住む事になるとは・・」とは本人の弁。博多ラーメンと焼酎とサルサをこよなく愛する九州男児。

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